「最後のアンコール」

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ステージ袖に立つと、眩しいライトの熱が流れ込んでくる。
客席は暗いのに、その奥に何千という視線があることを、鼓動で感じた。
マイクを握る手が少し震えている。だが、その震えは恐怖ではなく、期待に満ちたものだった。

「行こう。」

隣に立つギターの亮が短く呟いた。
バンド結成から十年、彼と交わす合図は言葉以上のものを持っていた。
ドラムの梶がスティックを回し、ベースの真琴が深く息を吸う。
幕がゆっくりと上がった瞬間、会場は嵐のような歓声に包まれた。


第一章 始まりの音

最初の一曲目は、新譜のリード曲「光の先へ」。
イントロのギターが鳴った瞬間、観客の体が一斉に跳ねた。
その熱気は、まるでステージと客席をつなぐ炎のよう。

ヴォーカルの俺は声を張り上げた。
歌詞は過去の迷いや挫折を乗り越え、未来へ進むことを描いたものだ。
歌いながら、自分自身の人生をも歌い直しているような気持ちになる。

スポットライトの下で目を閉じると、かつての小さなライブハウスの光景が浮かんだ。
観客はわずか十人、それでも必死に歌ったあの日。
「いつか必ず、大きな会場で歌う」――その誓いが今、果たされている。


第二章 揺れる心

三曲目が終わった頃、俺の胸にある不安が再び顔を出した。
このツアーが終わったら、亮が音楽活動を休止する。
家族の事情もあって、次の道を選ぶという決断を、俺は知っていた。

観客にはまだ知らせていない。
だが、今この瞬間も、亮のギターは確かに響き、会場を揺らしている。
彼がいなければ、この音は生まれない――その現実が胸を締めつけた。

曲の合間に客席を見渡すと、無数の笑顔がそこにあった。
「今日を最高の夜にしてください!」
そう叫んだ俺の声は、震えていたかもしれない。


第三章 絆の音色

中盤、アコースティックセットに切り替える。
会場は一転して静まり返り、観客が息を潜める。
「十年前に作った曲を、久しぶりにやります」
俺がそう告げると、客席から歓声と拍手が沸いた。

「小さな光」という曲は、俺たちが初めて作ったオリジナルだ。
たった三つのコードでできた曲だが、そこに込めた思いは今も色褪せない。
亮の指が弦を優しく鳴らし、梶のカホンがリズムを刻む。
観客の多くが涙を拭っているのが、ライトに照らされて見えた。

その光景に、俺の胸が熱くなった。
「音楽を続けてきてよかった」
その思いが、心の奥から溢れ出してくる。


第四章 嵐のような歓声

終盤、再びアップテンポなナンバーに切り替わる。
観客が飛び跳ね、拳を突き上げる。
ステージと客席の境界線はもはや消え、ひとつの渦となって音楽に身を委ねていた。

亮のギターソロが始まると、客席の歓声はさらに大きくなった。
彼の指先はまるで燃え上がる炎のように速く、情熱的に動いている。
その姿を見ながら、俺は胸の奥で叫んでいた。

「まだ終わらせたくない」

しかし同時に、これが最後かもしれないという思いが、喉を締めつける。
声を振り絞るたびに、涙がこみ上げてきそうになる。


第五章 最後のアンコール

本編が終わり、ステージを降りた。
だが客席からは「アンコール!」の声が止まらない。
リズムを揃えた手拍子が、まるで地響きのように控室まで届いていた。

亮が俺の肩を叩いた。
「行くぞ。最後は、俺たちの全てを出し切ろう」
その目には、迷いも後悔もなかった。

ステージに再び立ち、最後の曲「約束の場所」を歌い始める。
この曲は、俺と亮が高校生のときに未来を信じて書いたものだ。
歌詞の一つひとつが、今この瞬間に重なっていく。

観客も一緒に歌い始めた。
何千という声が重なり、天井を震わせる。
俺の声はその中に溶け込み、やがて涙と共に消えていった。


エピローグ

ステージが暗転し、幕が降りた。
静寂の中で、俺は深く息をついた。
汗と涙でぐちゃぐちゃの顔を拭いながら、隣を見ると亮が笑っていた。

「最高だったな。」
「……ああ、最高だった。」

音楽は形を変えても、きっと俺たちを結び続ける。
その確信と共に、最後のアンコールの余韻を抱きしめた。

結末

アンコールのラストソング「約束の場所」を観客と共に歌い終えた瞬間、会場は光と歓声で満ちた。
幕が下りると、喉は枯れ、身体は限界を超えていたが、不思議なほど満ち足りていた。

汗まみれの亮が隣で笑う。
「これが最後でも、最高だったな。」
その言葉に、俺は強く頷いた。

未来はそれぞれの道へ分かれていく。
だが、この夜の音、この歓声、この瞬間だけは永遠に消えない。

――俺たちの音楽は、ここに生き続ける。
そう心に刻みながら、最後の拍手を胸に焼き付けた。